腐ったみかんは俺かお前か

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腐ったみかんは俺かお前か?

世の中腐っている。いや私か?私が腐っているのか?え?お前か?お前が腐っているのか?どっちが腐っているのかな?そんなブログ。

母が泣いた日


今週のお題「私のテーマソング」

   

今週のお題で音楽の話が来ていたので、今日は少し前の話をしようと思う。

 

 

 

 

 

 

私の母のイメージは【すごく強い】この一言に尽きるだろう。

 

母は私に弱みを見せたことはないし、

 

どちらかといえばいつも怒っているイメージだった。

 

テレビを見ては、悪い人が多い!世の中は信用できないと言う。

 

芸能人の不倫や浮気の話は「許せない!死んでしまえばいい!」など

 

とてもとても強い口調で心底腹が立っているようだった。

 

父は母の尻に敷かれている。

 

趣味も競馬くらいで、休みの日は家でゴロゴロしては母に怒鳴られている。

 

どこにでもある当たりまえのような家庭だ。

 

 

 

そんなある日、私の母方に祖母をうちで引き取ることになり、

 

まじめな母は一生懸命介護をした。

 

母は保母さんの仕事の傍ら、父に迷惑はかけないように、しっかりと祖母と向き合い

 

介護を行っていた。私もお手伝いをずっとしていた。

 

心優しい母だけど、気の強いところがたくさんあって、

 

「世話をしていてもありがとうの一言も言ってくれない。」

 

「世話して当然と思っているのか!」と怒りをあらわにすることも多々あった。

 

介護疲れの中、事件が起きた。

 

 

 

父の手を煩わせないように、 母が一生懸命していた介護や家族のために一生懸命炊事、洗濯や家事をしている間

 

 

 

 

 

父は韓国に愛人を作り、別家を購入していたのだ

 

 

 

 

 

 

母は怒った。異常なほど怒った。

 

恐ろしいほどの悲しみだったに違いない。

 

自宅の家具はボロボロになった。

 

父の車は廃車になった。

 

それでも母の怒りは収まりようがなかった。

 

毎日奇声や怒号が響いた

 

日に日にひどくなって、ホントに家庭は崩壊しようとしていた

 

私は耳栓をして寝ていたほどだ。

 

どれぐらい続いたのか、父はステテコ以外の服はなくなったが、

 

母の悲しみは募るばかりだった。

 

姉と私は二人兄弟だったので、炊事洗濯を変わりにしていたが、

 

父は入院した。

 

 

母は独りぼっちになる時間が増えた。

 

祖母も隠居した。

 

最後まで祖母は母にありがとうは言わなかった。

 

いろんなことが積み重なり、母は異常者のようだった。

 

毎日父へ罵声や奇声をしては、「殺してやる」

 

「お前を殺して私も死んでやる」

 

「私を殺して出ていけ」

 

包丁を振り回した日もある

 

包丁は切っ先が欠けたぐらいどこかに刺したりする日もあった

 

私はすごく怖くて、いつでも警察を呼ぶ気持ちでいた。

 

毎日、毎日、呪いのこもった悲鳴が聞こえてすごく怖かったし、

 

みんな母に殺されてしまうんじゃないかって思うほど、恐ろしい環境が続いた 

 

ある日、母をドライブに誘った。

 

母は乗り気ではなかったが、父と距離を置いたほうがいいと感じていたので、

 

無理やり車に乗せ、私はどこにいくでもないが、車を走らせた。

 

 

母の話をたくさん聞いた。どれも同じような話だけど、穏やかではない。

 

母はもう毅然とした強い母はそこにいなく、恨みしか残っていない。自分の母なのに、

本当に恐ろしく感じた。

 

母にかける言葉なんて特にない。

 

それまでに散々話はしたつもりだ。

 

 

ドライブをしている中、

 

母に「深呼吸をして落ち着いて」

 

そのころの母は「死にたい」とよく言うようになった。

 

ドライブをしながら母は「どこに連れて行くの?」

 

「殺すんだったらもう殺して、死にたい」

 

なんてこと言うのか。

 

私は「落ち着いて」や「深呼吸して」といろいろ言うけど

 

 

すっげー辛くなってきて、もう運転どころじゃなくて、自分の親が死にたいなんて聞きたくない。

 

涙が止まらなかった。

 

声も何も出なくなって、出せなくなって、母は気づいてなかったと思うけど、

 

私はすっごい涙がポロポロでて、とにかく悲しいかった。

 

こんな悲しい気持ちがあるなんて思いもしなかった。 

 

無言で涙だけがすごく流れた。

 

 

 

 

私は母に言った。

 

「私はあなたと父の子供だから、二人とも死んでほしくない。

 

とにかく生きてほしい。どんな形でもいいから生きてほしい。」

 

 

母は「もう生きていても仕方がない。幸せは・・・・もうないねん」

 

「生きるのが辛い」って

 

 

もう何を言ってももうダメなのかと、また辛くて黙って泣いた。

 

涙は枯れることがなかった。

 

母はもう母には見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

そんな時にかかっていた曲

どういう巡り合わせか、

レミオロメンの「深呼吸」という曲

 

私は精神的にも疲れていたのかもしれない、

 

口ずさんで歌っていた。

 

 

記憶の彼方 最中 もろい夢の中

 

新しい眠り 目覚ましで すぐに朝日

 

きっと想い出の 大げさも 大凪も

 

今を生きるには あまり遠いだろう

 

慣れてくことに逆らえど なお 時は縮み

 

日々は真っ平ら

 

たまに両手を広げてみよう

 

深呼吸で目を開けるのさ

 

太陽系から飛び出して もう少し力抜いて

 

新しい風なら    体で感じるんだ

 

運命線からはみ出して、もう少し自由になって

 

名もない星座の星になる

 

名もない星座の星になる。

 

星になる

 

 

 

 

 

 

すると、泣きもせずに、空虚を見るような目をしていた母が

 

泣き出した

 

えんえん泣き出した

 

すごい声で泣き出した

 

私もなんか涙が止まらなくて

 

私も泣いた

 

「けんちゃん、私辛い。もう死にたい。」

 

母は泣きながら言うけど

 

私も泣きながら

 

「生きててほしい、私は二人とも生きててほしい」

 

「生きてさえいればそれでいいねん」

 

「お願いや。そんなことは言わないで」

 

って、今までの人生でこんなに涙を流したことはなかった。

 

母と泣きながら自宅に戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

それからも奇声や怒号は続いたけど母はよく泣くようにはなったけど「死にたい」とはいわなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽系から飛び出せたのだ。(おわり)

記述しながらすんごい涙出た。やっぱりあの時すごいみんな辛かっただと思う。

今は私だけ家を出てますが、なんとか家族という形が保ててます。

 

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深呼吸

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