2017年のうちの半分を超えようとしておりますが、会社人の皆様はいかがお過ごしでしょうか?
新入社員のみんなもそろそろ職場の雰囲気には慣れてきたころではないだろうか。
毎日同じ道を歩いて、同じ道で家に帰る。
会社からの電話やラインにおびえる日々はもう訪れただろうか?
そうして1年、3年、5年、10年と突き進んできた僕です。
僕はもう嫌になったんだ。僕は毎日同じ道を歩いて戻って、同じ穴のムジナたちと同じような話をして、「上司から部長になるためには」の講義を受け続けるのが嫌になったんだ。世界はこんなもんじゃないし、生きるって仕事することではない。この世界を生きることなのだ。社会を生き残ることじゃない。
「いったいなんのためにこの世に私は存在しているのか?見たことのない世界を見たい!世界の秘密を知るんだ!!」
そう思い、日常にあふれる社畜の日々から抜け出し靴の踵を鳴らしてサンライズを探しに来た。
島。ここにきた理由。
うわさ話を聞いたんだ。
ずっと昔のその昔、殿様も天晴といったそれはそれは美しい日本庭園があったそうだ。
それがここにある。
※イメージ図です
大阪から4時間以上はかかっただろう。
誰も見たことのない景色を目指して、自分を生まれ変わろうと探した。
道行く人々、交差する人生のようにクロスワードを何度も繰り返し情報を集めた。
そして僕はたどり着いたんだ。
重い扉を開き、先へ進む。
「希望」
それは会社に属した人間が捕らわれる言葉。
「自分が会社を変えてやる」
そういう奴もいただろう。
「誰よりも先に昇進昇格して上がってやる」
がんばる奴もいた。
「立場が変われば見え方が変わる。早くこっちにこい」
私に話してくれた上司もいた。
それはきっと唯一会社の組織人として歯を食いしばってでも縋り付く、わずかな希望なのかもしれない。
でも池上アキラ100%がそういえば言ってたな。
「日本の義務教育は仕事ができるようになる、といった勉強をせず、会社に入って会社で働けるように会社が勉強させて会社で働かせる。つまり会社に洗脳されるようにつくられている」みたいなことを言ってたような気がするって、うちの隣の奥さんが言ってた。
もしかしたら、そのわずかな「希望」ですら「罠」なのかもしれない。
それでも僕たちはそれを信じて、ここではないどこかを目指すのだろう。
でも、その「希望」の答えは
ほほう・・・これが古来から伝わる美しい日本庭園かぁー
「希望」とは一体なんなんだろう。
人によってはそれはサムシング。「何か」だと言う。
その何かってきっと何かだ。何かよくわからない。それを人はずっと探し続けているのかもしれない。
いつでも何を達成することを目標に会社が動いている。大きな目標、小さな目標。
大きな目標がだめだとわかると小さい目標に変更を大きな目標に近づけようとする。
PDCAサイクル。計画し、実行し、確認し、行動へ。何度も何度も繰り返した。
私の前の人間もやってきたことを次の人も同じことを繰り返す。何度も何度も。
その先にはあなたの成長があるから。次の人がそれで助かるから。会社が成長するから。結果はでなくても・・・・・・・。
なにを手に入れることはできたのかもしれない。何か。
何ななんて恐ろしい言葉だ。何かなんて何もない。それこそ誰もがもっているサムシングだ。やめとけ。
僕は探し続けている。
この場所の付近、海にそれはあるらしく、あちこちでその「何か」の場所を聞いた。
どうすれば見れるのか、どうすれば会えるのか、その「何か」はわずかな「希望」だ。
わずかな希望は一筋の光をいつでも魅せ、僕たちを魅了し誘惑し、判断を狂わせ、人生を狂わせる。
それでも信じずにはいられない。それが人間の性というものだろう。
「この道は危険だ。マムシが出る。やめたほうがいい。」
ときに道はお金で決まるときがある。
僕にはチャーター船をするほどの財力もない。
お金がない。は、時に命を削るときがある。
命を削ってでも働かなければならない。
誰かを守るため、誰かを愛するため。
そう暗示することで次の一歩を踏み出せる。
それでもそれには価値がある。
そう信じている。それはやはり希望なのだ。
一億年前。それは世界に2ヵ所にしか確認されていない奇跡の岩。
一億年前の地層。螺巌岩だ。
誰もみたことのないその希望を見れば、きっと僕の人生も変わるんじゃないかって。
そして僕は歩いた。マムシの出る道を。
誰も踏み込まない道を。
薄暗く、明らかにあまり人がふみこまない道。
その希望の先は
辛く
時に予想を超える。
山中に鳥居が現れる。怖すぎる。
いくら怖くても、恐ろしくても、つらくても前に進む以外はない。
それが会社ってもんだ。後ろの部下に情けない姿を見せるワケにはいかない。
そう洗脳されているのかもしれない。。
心臓をつかまれそうな気持でくぐった。
恐ろしいすぎる。
それでもその先に希望があると信じて、
みんな先に進むのだろう。
その先には
遠くを見渡せる灯台があった。
ここから一億年前の螺巌石が見えるのだという。
僕は命を張り、ここまできたんだ。
辛く険しい道だった。時間もかかった。体力も精神も使った。
きっと会社でも上を目指すというのはそういうことなのだろう。
のぼりつめたその時、きっと周りの景色は今見る景色とは違うのだろうな。
うつくしい世界が・・・・
そこにはサムシングも希望も何も見えなかった。
苦労して、苦労して、汗を流し、誰もやらないようなことをしても、そこには何もなかった。木々と草がぼぼぼーぼぼーぼぼー
誰かに話しを聞き、それを信じても、その先には何もなかったんだ。
なんのために何をしたんだろうか。
ラガンの力をなめるなよー!!
もしかしたら昇進して上にのぼるっていうのはこういう事なのではないだろか。
様々な経験をし、昇進やこれからのためという言葉をちらつかされて、毎日駐車場の掃除やトイレ掃除をしているのはそういうことではないのだろうか。うんこーうんこうんこ
「希望」
お金がない。お金がない。
お金がないが故に仕事をするんだろうか。
お金がない。は判断を鈍らせてしまう。
お金がないは危険を伴う。
きっと僕はお金があれば辛い思いをせずにチャーター船で行っただろう。
楽な道が他にあるはずだし、楽を選んではいけないということもないのだ。
残業、残業、残業してるから偉いのか?残業ってそんなに重要か?
仕事が遅い?いや、仕事の質が悪いから無駄な残業をするはめになるんじゃないのか?
その残業は仕事の残業ではなく上司に気に入られるための残業。
僕もそういうものにすがりついて進んできた時期もある。
でもなかったんだ。辛いしんどい思いをして、希望に縋り付いたけど、その先には何もなかった。
誰もいない神社で僕は空を見た。
もう僕は30代だ。人生の三分の一の純情な感情を終えている。
いったいなんだったのだろうか。
いつも自問自答を繰り替えす単調な日々の中、かすかに見える希望と信じて前に進めどその先には「特に何もない」そういうことか。
名も知らない神社で僕は何もない空間を見ていた。
静まり返った島。
たくさんの伝説
あれ・・
まさか・・・・
ここは・・・・・
そういえば神社がある。とりあえず、島にやって着たら散歩がてらにお参りするのがトロピコのルールである。
※画像はマスヲ先輩より無断で転載しております。
そうか・・・・・・
マスヲ先輩もここにサムシングを探しに来ていたのか。
そして誰も心に抱くサムシングとは何か・・・・希望とは何か・・・・
を見てきたのだな。
この島はトロピコだったのだな
そうしてみんな・・・・・
三分の一の純情な感情から三分の二の純情な感情ではない感情を探して
また旅に出るだろうな。
帰りのフェリーで僕は歌を歌っていた。
僕は社会に惑わされず正直に好きに生きてい行こうと思いました。
おわり(全員無視